田辺地域(吉野熊野国立公園)

SDGs

吉野熊野国立公園は、吉野、大杉谷、大台、大峯、北山川、熊野灘、那智串本、枯木灘、田辺地域に大きく分かれています。大台、大峯、吉野、北山川、熊野灘部分などは1936年に吉野熊野国立公園として指定されましたが、田辺市地域はまだ新しく2015年に編入指定されたばかりです。

2015年以前は、1954年に田辺南部海岸県立自然公園として指定され、2009年に田辺南部白浜海岸県立自然公園に改名されて保護されていました。なお、すさみ町~串本町の海岸部である枯木灘地区も、1954年に枯木灘海岸県立自然公園に指定され、1968年から熊野枯木灘海岸県立自然公園に改名、2015年に吉野熊野国立公園に編入されています。

吉野熊野国立公園の新しい地域である田辺地域は、みなべ~田辺~白浜にわたる地域です。天然記念物に指定された神島、鳥巣半島の泥岩岩脈、白浜の化石漣痕、白浜の泥岩岩脈、名勝指定された円月島・千畳敷・三段壁を中心に、田辺南部白浜海岸県立自然公園の地域をそのまま国立公園に格上げしています。上記記念物地域以外にも、ひき岩群や奇絶峡、ウミガメが上がる千里ヶ浜、トラストで有名な天神崎などが含まれます。

観光開発が進む地域ですので、大きな面積をまとまりとして保全している地域ではなく、海岸部を主に指定した地域です。国立公園の特別保護地区は円月島しかなく、保全レベルが高い第一種特別地域も面積は少なく、もともと記念物や県立自然公園等として保護されていた上記の地域が、飛び地状に小規模に指定されているのが現状です。

田辺湾。神島や鳥巣半島が奥に見える。

円月島。国立公園特別保護地区。

国立公園という制度は、自然や生態系を保護するだけではなく、利用することもその目的にしています。1931年の国立公園法指定時は外貨獲得も主要目的で、観光利用が大前提になっています。もちろんどこでも無制限に利用を許すわけではなく、利用や保護の程度をレベル分けしており、それはゾーニングと言われます。なにか行う際に許可が必要な「特別地域」と、なにか行う際に届け出が必要な「普通地域」に分類されます。

許可は私権の制限が強く伴うため、保護の程度に合わせてさらに細かくゾーニングされています。自然をそのまま保護しようとする「特別保護地区」、特別保護地区と同様の保護を行う「第一種特別保護地域」、農林水産業に一定の配慮を行う「第二種特別保護地域」(例えば林業伐採は2haまで、など)、許可があれば農林水産業はだいたい何でもできる「第三種特別地域」です。さらにその中に、立ち入りを禁止する「利用調整地区」、車の立ち入りを規制する「乗り入れ規制地域」などが指定されているケースもあります。

上記は陸域の話で、海域にも違う制度があります。環境省は国立公園制度を自然保護の最優先ツールとして活用しており、様々な制度が国立公園の中にあり、複雑になっています。

土地を所有している人、管理している人からすると、国立公園に新たに指定されると、家を建てることができなくなったり、林業や農業がしづらくなったりします。売買する際に売り手が見つからなかったり、価格が下がったりするリスクもあります。国有林を管理している林野庁も、木を切る際に環境省に協議する手続きが増えます。そのため、国立公園等の自然公園を広げることはむつかしく、面積を広げることができたとしても保護のレベルが低かったり、まとまった面積を指定できずに飛び地状になったりしてしまいます。「日本らしい国立公園」と表現することもできますし、生態系保護など崇高な目標を掲げているのに情けないと悪く言うこともできます。日本の社会において環境省や自然環境保護関係者には、強い権限が与えられていないこと、生物多様性への理解がそれほど進んでいないことが原因と考えられます。

新しい国立公園であるこの田辺地域も、飛び地状で、指定されても文句を言う人が少ない海岸部の公有地が中心に指定され、広い面積ではありません。さらに、自然をそのまま守ろうとしている地域はもっと狭く、最も規制の厳しい特別保護地区は、歩いては行けない円月島しかありません。第一種特別地域としては、目津崎、ウミガメが上がるみなべの千里海岸、ひき岩群、神島、鳥巣半島、畠島、白浜半島の海岸部(南方熊楠記念館、千畳敷、三段壁など)が指定されていますが、もともと天然記念物や名勝として保護されていた地域です。田辺市の観光地である奇絶峡は、第二種特別地域に指定されています。

観光地化がすすみ、高度に土地利用がすすむこの地域では、これ以上の保護はむつかしいのが現状なのかもしれません。ウミガメの浜である千里ヶ浜を乗り入れ規制地域に指定し、円月島を特別保護地区に指定するのが現状で、それが社会の自然保護や生物多様性への理解度合なのかもしれません。

円月島と南方熊楠記念館のある番所山公園。

千畳敷。白浜の海岸部分は国立公園に指定されている。

5月末、田辺地域を訪問してきました。

日本には三大名泉、三大美人の湯などと言われる温泉があります。白浜は日本三大古泉の一つで、田辺市の龍神温泉は三大美人の湯です。パンダで有名な白浜アドベンチャーワールドがあり、ハワイのワイキキビーチと姉妹浜提携している白良浜があり、温泉料理旅館やリゾートスパがあり、近畿のリゾート地・温泉観光地として人気です。白浜空港は東京からの直行便があり、最近ではワーケーションで注目を集めている地域でもあります。

今回は、南方熊楠記念館、千畳敷、三段壁、ひき岩群を訪問してきました。どれも吉野熊野国立公園の第一種特別地域です。

白良浜

サンセット風景

南方熊楠記念館

南方熊楠は知の巨人と言われた明治時代の人で、東京大学予備門を中退してアメリカ・キューバ・イギリスにわたって勉強し、イギリスでは大英博物館でキュレーターをしていたそうです。ネイチャーという学会誌に寄稿して51本の論文が掲載されたそうで、今でも歴代最多記録とのことです。中国の孫文とも親交がありました。数か国語をしゃべり、記憶力が特別よかったようですが、奇人との評価もあり、対人関係で問題を起こすこともあったようで、大英博物館を追放されています。明治時代に海外留学とはかなりのお金持ちであったのでしょう。日本に戻ったのちは和歌山県南部で粘菌や植物の採取を行っていたようです。柳田國男とも交流があり、その書簡の中に「エコロギー」という文字があり、日本で初めてエコを唱えた人との評価もあります。昭和天皇が田辺湾の神島に、戦艦長門で行幸された際にはご進講を行っており、粘菌等の標本を献上したそうですが、その入れ物がキャラメルの箱であったことも逸話になっています。今その標本は筑波実験植物園にあるそうです。

高野山真言宗管長を務めた土宜法龍とも交流があり、そのやり取りの中で記載された図が「南方曼荼羅」とも言われています。自然保護運動の先駆者でもあり、1906年に明治政府が「神社合祀令」を発した際、鎮守の森が伐採されることを懸念し、反対運動を行いました。神島の保護運動に力を注ぎ、その神島は1929年に昭和天皇ご行幸、1930年県指定天然記念物、1935年国指定天然記念物、2015年に吉野熊野国立公園に編入、「南方曼荼羅の風景地」の一部として国の名勝に指定されました。

南方熊楠記念館は新館が建てられており、内容が以前より濃くなっています。粘菌を顕微鏡で見ることもできます。館の屋上からは田辺湾、白浜湾を見渡すことができ、国立公園特別保護地区の円月島も足下に見ることができます。施設のある場所は第二種特別地域、海岸部など自然の場所は第一種特別地域に指定されています。

番所の鼻から円月島

記念館屋上から国立公園第一種特別地域の海岸を見下ろす

鳶が舞う。

千畳敷

千畳敷は白浜にある観光地で、広い岩畳の大岩盤です。波の浸食を受けた面白い景観です。駐車場に直結しており、多くの観光客が千畳敷に降りていきます。白く柔らかい砂岩でできており、石でこすると簡単に傷がつきます。そのため観光客が自分の名前を彫りこんだ落書きが目立っており、立ち入りを規制すべきではないかと思ってしまいます。国立公園の第一種特別地域は自然をそのまま残そうとする地域で、もちろん落書きなどは論外の禁止行為です。

千畳敷。白い砂岩が侵食された景観。

落書きが多い。

最近の落書きもある。

三段壁

三段壁は刑事ドラマの最後の告白の舞台となる崖で、自殺の名所でもあります。三段壁のそばには公衆電話があり、「命の公衆電話」と言われています。自殺希望者が教会などに電話をかけることができるよう10円玉がおかれ、次のような手書きのメモがおかれています。「何かのご縁でしょうか!公衆電話のかけ方を知らない子供達が多い時代と言われています。NTTさんも公衆電話の設置数を1/4に減らす方向と言われています。でも幸いなことに此の場所には駐車場との二か所に設置されています。「希死念慮」とか「自殺願望」とか、他者や識者を自称する人はどうしようもない位自分を追い込んで終わった純粋に善良な迷える者に、具体的克適切な支援をしてくれたことが有ったでしょうか?せめて悩みを汲み取ってくれることだけでも・・・。ここに置かれた硬貨は通りすがりの善意の方々のお気持ちです。どうぞこの世は捨てたものではないか?とご感想をお聞かせください。白浜レスキューネットワーク電話相談員一同。」

また臨時交番もできており、警官はいませんが電話があり、「この中に警察直通の電話がございます。一人で悩まず相談してください。」と看板が掲げられています。観光地として整備がされていましたが、崖に近づけないよう景色に配慮した木タイプのフェンスが設置されていました。

三段壁は崖のしたにエレベーターで下ることができます。下には洞窟があり、熊野水軍の置物や神様がまつられています。

三段壁。壁の上にある岩は2018年9月の台風で突然現れたため「サドン・ロック」と言われている。

熊野水軍の砦だった時代もある

いのちの電話

メモと電話用の10円玉

三段壁臨時交番

ひき岩群

田辺市稲成のひき岩群も国立公園第一種特別地域に指定されています。県の天然記念物にも指定されています。ひきがえるが押し合いへし合いしているような風景からひき岩群と言われるようです。傾斜した地層の差別浸食でできたケスタ地形で、友ヶ島にもあります。珍しい生物が分布しており、南方熊楠も採取に来ていたようで、記録に稲成の地名が出てきます。

ひき岩群

田辺湾が遠くに見える