本場奄美大島紬

SDGs

 世界三大織物(フランスの「ゴブラン織り」、イランの「ペルシャ絨毯」、日本の「大島紬」)である大島紬は、鹿児島県奄美群島が産地です。

 大島紬の起源は定かではないそうですが、奄美大島では古くから絹織物が作られていたようです。初期の大島紬は、手紬糸を用いて地機で織られ、自家用として島民が着用していました。1720年(享保5年)頃、薩摩藩により「紬着用禁止令」が出され、大島紬は薩摩藩への貢物として作られるようになりました。1870年代に入ると大島紬は商品として市場で取引されるようになり、このころから、奄美大島独特の泥染めが定着し始めました。その後、1901年に鹿児島県大島紬組合の設立、締機の開発、絣の摺り込み染色法抜染加工法の開発などが進み、1975年国の伝統的工芸品に指定されました。

 年別生産反数は、一番多かった昭和2年には356,094反であったものが、平成13年に34,088反まで減少しています。これは、日本の生活様式の変化や着物離れ、生産単価が安くなってしまい、後継者が少なくなっていることなど様々な要因が原因とのことです。

 また、生産反数が増加したころは、大島紬の粗悪品が出回るようになりました。本場奄美大島紬の製品はすべて1反ごとに産地表示のため「本場奄美大島紬」の文字が織り込まれています。製品検査に合格した反物には、地球印証紙、産地証明、伝統証紙、泥染証紙または草木染証紙が貼られています。

 大島紬の生産工程は、①図案制作、②糸繰り・整経、③糊張り、④締加工、⑤テーチ木染め、⑥泥染め、⑦加工、⑧製織、⑨検査となっています。非常に手間と時間がかかる織物です。製織の行程では、約7㎝織るごとに、経絣糸を緩め、針で経絣糸を1本1本調整し、経緯の絣を合わせていきます。柄によりますが、熟練の職人でも1日約30㎝から40㎝ぐらいしか織ることができません。古典柄は、主に男物として使われる「亀甲柄」と「西郷柄」、主に女物として使われる「龍郷柄」と「秋名バラ柄」などがあります。

 本場奄美大島紬には定義があります。

  • 絹100%である
  • 先染め手織りである
  • 平織である
  • 締め機で手作業により(経・緯)絣の加工をしたものである
  • 手機で(経・緯)絣を絣合わせてしておりあげたものである

 このように本場奄美大島紬は様々な工程や要件を経て織られている織物です。本場奄美大島紬組合では各生産工程の人材育成をしているそうですが、大島紬の価格下落の影響や生活様式の変化、組合員の減少で事業を継続するのが難しくなってきているそうです。


本場奄美大島紬協同組合が入る建物


奄美大島ヒエン浜周辺


大島紬