大峯山と大峯奥駈道

SDGs

大峯山は紀伊半島の中央部奈良県にあり、平成の今の時代も宗教上の理由から女人禁制の地域が残る山です。

名称

「大峰山」という言葉は、「大峰山脈」を指す場合と、「山上ヶ岳(さんじょうがたけ)」1,719mを指す場合があります。いろいろ呼び方があってわかりにくく、山上ヶ岳から吉野川河岸までを「金峰山(きんぷせん)」と呼ぶこともあるそうです。さらにややこしいことに、深田久弥の日本百名山では八経ヶ岳のことを「大峰山 (1,915m)」 と記載しています。このサイトでは、場所としていう場合は「大峰山脈」と「山上ヶ岳」「八経ヶ岳」を使います。修験道の概念的な話では「大峯山」と記載します。

山上ヶ岳頂上

指定

大峰山脈の山々は、大台ケ原、吉野、北山川、熊野灘とともに、1936年に吉野熊野国立公園に指定されています。日本の最初の12か所の国立公園候補地とされたうちの1か所です。UNESCOのMAB Reserveにも「大台ケ原・大峯山・大杉谷」として1980年に登録されています。2004年には史跡「大峯山寺」「大峯奥駈道」などが「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されました。

大峯山寺本堂

修験道

大峯山は修験道の修行の場であり修験道発祥の地です。修験道は山にこもって修行することで悟りを得る宗教で、修験宗ともいわれるそうです。修行している人は、修験者や山伏と呼ばれます。毎年5月3日から9月23日には大峯山寺が開帳され、修験者でにぎわうそうです。2021年はコロナのため、6月20日から9月22日に短縮すると登山口に看板が出ていました。

修験道は、アニミズムの古神道に山岳信仰、仏教、密教などの要素が加わってできた宗教で、役行者(えんのぎょうじゃ)が始めました。大峯山以外でも、石川県・岐阜県の県境にある白山などが霊山とされています。

修験道では日本の神と仏教の仏(如来・菩薩・明王)が一緒にまつられており、このことを神仏習合(しんぶつしゅうごう)や神仏混淆(しんぶつこんこう)といいます。1868年(明治元年)に神仏習合が明治新政府の「神仏分離令」で禁止されたため、今は言葉になじみがありませんが、それまで日本は1000年以上「神仏習合」の時代が続いていたようです。

吉野から熊野までの大峯奥駈道は、険しい峰々を踏破する「奥駈」という峰入修行を行なう約80kmの道で、登山者で6泊7日など時間をかけて踏破する人もいます。世界遺産に登録されており、最高峰は八経ヶ岳1,915mです。修行者優先の道で、登山者は遠慮するように言われることもあるそうです。熊野から吉野へは「順峯」、吉野から熊野へは「逆峯」と呼ぶそうで、順峯は天台宗系の聖護院(本山派)が、逆峯は真言宗系の醍醐寺三宝院(当山派)と、主導する宗派があるとのことです。

険しい山道

大峯山寺までは茶屋もある

女人禁制

大峯山寺、西の覗、鐘掛岩がある山上ヶ岳付近は、女人禁制になっています。大峯大橋、五番関、阿弥陀ヶ森、レンゲ辻に女人結界門があるそうです。大峯山寺が「女人禁制」の看板と「1300年の伝統に協力してほしい」との協力依頼看板を掲げていました。英語でも「No Woman Admitted.」記載されていました。レンゲ辻の英語看板は、だれかが「No」を削って消していました。

世界遺産にも登録された場所に、今の時代に女人禁制が残っているのはめずらしいことです。

大峯大橋の女人結界門

お願い看板

禁止看板