紀伊半島の大峰山脈にある大普賢岳は標高1,780m、熊野から吉野をつなぐ大峰奧駆道のハイライト峰の一つです。大普賢岳山頂からは、近畿最高峰八経ヶ岳、大台ケ原、女人禁制の山上ヶ岳、遠くには金剛山や葛城山を見ることができます。吉野熊野国立公園の区域内で、世界遺産に登録されている縦走峰部分は特別保護地区に指定されています。
大峰山脈には小普賢岳と大普賢岳の2つがあります。普賢という名のついた山は紀伊半島だけでなく、ほかの地域にもあります。噴火した長崎の雲仙普賢岳は有名ですし、長崎には井樋ノ尾火山の普賢岳という山もあるようです。
普賢というのは、仏教の普賢菩薩の略です。普く賢い者の意味で、仏の慈悲と理智を顕して人々を救う賢者の菩薩とのことです。智慧を司る菩薩は文殊菩薩も有名ですが、文殊菩薩とともに普賢菩薩は、釈迦如来の脇士(仏を支える役割)として扱われるケースがあるそうです。大峰山脈の大普賢岳・小普賢岳のすぐ隣には、文殊岳(別名日本岳1,505m)があり、すこし離れていますが大峰山系の南方(八経ヶ岳1914.9mのさらに南)には、釈迦岳1779.9mもあります。距離が離れているので、命名者が脇士を意識したのかは不明です。(釈迦如来の脇士は、梵天と帝釈天や、薬王菩薩と薬上菩薩などのケースもあるようです。)

小普賢岳(手前)・大普賢岳(奥)
2021年4月上旬、大普賢岳に行ってきました。
朝7:00に和歌山を出発し、吉野の大滝ダム、大迫ダムを左に見ながら国道169号を約2時間半のドライブです。新伯母峯トンネルを抜けてすぐに左折し、和佐又山ヒュッテにむけ山道を上がっていきます。ヒュッテの少し下に登山者用の駐車場がありましたが車がいっぱいで、道路の広い場所に駐車して、登山届を出し、9:45登山を開始しました。

和佐又山麓から登山開始
和佐又山ヒュッテは4月上旬時点ではまだオープンしておらず、道路にもチェーンがかけられていました。和佐又コルまで約30分で上ってコーヒーで休憩した後、若者は周遊コース、中年者は大普賢岳ピストンコースに行きました。
和佐又コルから、周遊コースは約8時間、大普賢岳ピストンは約6時間と案内図に表記されていました。周遊コースは最初勢いよく下がり、その後七曜岳にあがり、大普賢岳まで峰を縦走します。大普賢岳ピストンコースは日本岳(文殊岳)、小普賢岳の横を抜け、大普賢岳に上がって下りる行程です。
どちらのコースも鎖場や階段、鉄梯子、橋が整備されていますが、危険なコースです。今でこそ世界遺産登録で登山道が整備され歩きやすくなっていますが、役行者が修験道を切り開いた時代は、とんでもなく危険な道であったと想像できます。

最初は緩やかな登り

ナラとヒメシャラ

少しずつ険しさが増します

夜間に凍り付いた「つらら」が、日中の気温上昇に伴い溶け落ちてきます

急峻な山道を登る

鎖場も現れる

尾根に敷かれた急な階段

岩を乗り越える階段

鉄梯子も現れる

谷川に傾いた階段

杉の根を乗り越えて山頂に向かう
若者の早い足で歩き、周遊コースの和佐又コルを10:20に出発し、15:00に大普賢岳着でした。おっさんのゆっくり足で歩くと、大普賢岳ピストンコースを同じく10:20に出発し、12:20大普賢岳着でした。

普賢岳山頂から山上ヶ岳、大日山方面。奥には葛城山と金剛山も見える。

普賢岳山頂から大台ケ原方面

普賢岳から八経ヶ岳方面

小普賢岳と文殊岳
この日は晴天で大変暖かく、山頂で30分ほど昼寝をしていました。多くの人が上がってきたので、少し山上ヶ岳方面に移動し、静かなところで1時間再度昼寝をして、14:00頃下りはじめました。遠くの方でサイレンの音が聞こえていました。山の静けさが乱されます。鎖場や階段、鉄梯子の道を慎重に下り、疲れて足を引っかけて転ばないように休憩をとりながら、ゆっくり下りました。

残雪

山道沿いのつらら

霜柱

ブナやヒメシャラの林が美しい
下りの途中、ヘリコプターの音が騒がしく、誰かが遭難したことがわかりました。若者からは「大普賢岳到着」と連絡が入っていたので、同行メンバーの遭難でないことはわかっていました。車で上がれるところに消防や警察の車が来ており、遭難対策本部が設置されていました。
16:00和佐又山ヒュッテ帰着、歩いていた時間は上り約2時間、下りも約2時間でした。70歳を超えている方や数名の女性にもお会いしました。帰りは馬酔木の焼肉を食べ、19:30和歌山に帰着しました。